最高裁判所第一小法廷 昭和57年(あ)1805号 決定 1984年5月08日
主文
本件各上告を棄却する。
理由
弁護人田原俊雄、同南木武輝、同門井節夫の上告趣意のうち、判例違反をいう点は、原判決はなんら所論のような法律判断を示しているものでないから前提を欠き、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
なお、国鉄の電気機関士飯塚長治がした本件電気機関車出区点検の行為が刑法九五条一項にいう公務員の職務にあたるとして公務執行妨害罪の成立を認めた原判決の判断は、正当である。
よって、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、主文のとおり決定する。
この決定は、裁判官谷口正孝の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官谷口正孝の意見は、次のとおりである。
一 私は、国または公共団体が公務員(法令により公務に従事する者とみなされる公法人の職員を含む。以下、公務員という場合はこの意味で使う。)を通じて行う活動のうち非権力的関係を内容とするもの、特に私企業的性格を有するもの(現業業務といってもよい。)については、国または公共団体もまたその権力性を捨象した関係において私人と同様の経済活動の主体として機能しているのであって、専らこの関係において公務員を攻撃の客体としてその者の行う活動を妨害した場合には、私人の営為する業務に対する妨害と区別して考える必要はなく、個人的法益に対する罪として観念すべきものと考えている。このことは、刑法九五条に規定する公務執行妨害罪が荷っている同罪の性格、すなわち、同罪が公権力の執行に対する抵抗を規制するものであることからも導かれる推論であると思う。従って、同条にいう公務の概念には自ら限定があり、右の非権力的関係を内容とする現業業務の如きものは、同条の公務から除かれるものと考える(最高裁昭和五五年(あ)第四一七号同年一〇月二七日第一小法廷決定・刑集三四巻五号三二二頁における私の補足意見参照)。
二 ところで、公務をこのように二分して、権力的関係を内容とするものと、非権力的関係を内容とするもの、特に私企業的性格を有するものとに類別し、公務員が前者の公務を執行するに際し暴行・脅迫を用いてその職務の執行を妨害した場合にのみ公務執行妨害罪の成立を認めるということになれば、後者の公務に対する妨害行為の処罰の可否が当然に問題となる。私は、その場合威力等を用いることにより刑法二三四条・二三三条の構成要件を充足する限り同条の業務妨害罪の成立を認めて然るべきものと考える。なるほど同条の業務妨害罪は人の経済生活の自由を保護法益とするもので、個人的法益に対する罪と観念されているのであるが、右後者の公務については、国または公共団体も私人と同様の経済活動の主体として機能しているわけであるから、その作用の面に着目する限りよしそれが公務員を通じてなされるものであるにせよ、業務妨害罪の保護の対象とすることに毫も支障はない。従って、本件で問題となっている国鉄職員の行う非権力的業務の執行を威力を用いて妨害した場合は威力業務妨害罪が成立するということになる。
そして、この結論は最高裁判所判例の採用するところである。例えば、昭和三五年一一月一八日第二小法廷判決・刑集一四巻一三号一七一三頁、同四一年一一月三〇日大法廷判決・刑集二〇巻九号一〇七六頁がそれである。もっとも、これらの判例は、「国鉄職員の非権力的現業業務の執行に対する妨害は、その妨害の手段方法の如何によっては、刑法二三三条または二三四条の罪のほか同法九五条の罪の成立することもあると解するのが相当である。」とするものであって、国鉄職員の非権力的現業業務の執行を暴行・脅迫の手段により妨害した場合には公務執行妨害罪が、威力を用いて妨害した場合は威力業務妨害罪が成立するというものと理解される。
然し、私は、非権力的現業業務の執行に対する妨害が、すなわち、同一保護法益に対する侵害が、暴行・脅迫によって行われるか、威力によって行われるかというその妨害の手段方法の如何により、罪質を異にする公務執行妨害罪と威力業務妨害罪の異別の犯罪となるとすることについては、とうてい理解の届かないところである。けだし、暴行・脅迫と威力との違いは、相手方に及ぼす力の程度の差にすぎないのであって、罪質に差異をもたらすほどの質的な差異では、決してないからである。また、暴行の中には当然威力が含まれていることを考えれば、右の場合において、暴行を手段とする場合には常に両罪の成立が肯定されるものとしなければなるまい。果して然らば、その場合両罪の関係はどのように処理されるものと考えればよいのか。
私は、公務を権力的関係を内容とするものと非権力的関係を内容とする現業業務とに二分して考えることには賛成であるが、後者について、さらにその妨害の手段方法の如何によって、場合により公務執行妨害罪が成立し、あるいは威力業務妨害罪が成立するという右判例の見解には賛成しかねる。公務員の職務に対する妨害を公務執行妨害罪によって律するものとする限り、その妨害行為が威力、すなわち、暴行・脅迫にいたらない手段方法による場合には処罰規定を欠くことになることに対する考慮から、右のような判例の解釈態度が導かれたもと推測されるのであるが、刑法が公務執行妨害罪の手段を暴行・脅迫に限定したことにはそれなりの理由があるのであって、一方において公務員が行う現業業務も公務執行妨害罪の対象となる公務に含まれるとしつつ、これに対する威力による妨害を不処罰とすることは私人の行う業務の保護に比べて権衡を失するとの見地から公務員の行う現業業務について威力業務妨害罪の成立を肯定しようとする右判例の態度には、私としては、左袒し難いものがある。
公務員の行う職務をその内容によって前記の如く二つのものに性格づけして分類した以上、その妨害に用いられた手段方法の如何を問わず、公務執行妨害罪と威力業務妨害罪とは、それぞれの成立領域を異にするという結論になる。
三 以上述べてきた私の見解によれば、所論が問題にするところの第一審判決判示第四の国鉄の電気機関士飯塚長治がした電気機関車出区点検行為は、非権力的な現業業務であって刑法九五条の公務にあたらないことになり、これに対する被告人田中豊徳、同富岡郁男の本件妨害行為は、威力業務妨害罪をもって処断すべきことになる。従って、これを公務執行妨害罪に問擬したことには、法令の解釈適用を誤った違法があるというべきである。然し、被告人田中豊徳については、右の罪と併合罪の関係にある第一審判決判示第一の傷害の罪所定の懲役刑に法定の加重をして処断すべき場合であるから、右の違法は判決に影響を及ぼさない。被告人富岡郁男については、右第四の公務執行妨害罪だけで処断されているのであるが、その宣告刑は威力業務妨害罪による処断刑の範囲内であり、しかも具体的量刑としても是認できるものであるから、未だ刑訴法四一一条一号を適用すべき場合にあたらない。
(裁判長裁判官 角田禮次郎 裁判官 藤崎萬里 裁判官 谷口正孝 裁判官 和田誠一 裁判官 矢口洪一)